ほのぼのとした田舎暮らし

ほのぼのとした田舎暮らしをしているような…そんなゆったりとした言葉を贈ります

『斉藤朱夏 -朱演2022“くもり空の向こう側”-』発売記念オンライントーク会〜備忘録〜

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  ピロン。

「またメールか」

  印刷室に籠る僕を現実に引き戻したのは、メールの通知音だった。本格的に仕事が始まるまで3日間の猶予しかない。馬鹿だろう、阿呆だろうと悪態をつきながらも、それぞれ準備に取り掛かっているのが、この4月3日から始まって、最終日の5日の今日のことだ。

  何が正解で、何が不正解なのか、路頭を彷徨いながらも先の見えない不安を取り除くように僕は印刷を続ける。

  その時間を使って、僕は先程のメールを開いた。

 

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  「うっそだろ……」

  その呟きは、誰にも聞かれることはなかった。なかったが、抑えた。ここは職場だ。はしゃいでいたら奇異な目で見られる。見られるからこそ、堪えた。

  印刷室から出る僕のマスク下がニヤケていることは、誰も知るわけがなかった。

 

 

  迎えた4月7日。

  16時35分。定時のチャイムが鳴り響く。カタカタ、とキーボードを打つ音が止む。シャットダウンをし、机の上を整理する。

「他に今日中にやっておくことはありますか?」と聞けば、「大丈夫だよ」と主任からOKを貰う。「お先失礼します」と、早々に職場を後にした。

  何を話そうか、車を運転しながら考え、途中コンビニへと寄った。Twitterのアイコンを印刷するためだ。少しでも見てもらうために、最大限の努力はする。

  それでも、だ。70秒という数字は長いように思えた。普通なら20秒や30秒が基本的だ。どういうことだ……となりながらも、帰宅したのは19時15分頃。なんとか集合時間の19時30分から20時に滑り込みセーフだった。

  

  身支度を整え、化粧をする。顔バッチリ、衣装バッチリ。後は……とiPadを用意し、高さを調節し、顔が映るようにしておく。

  20時すぎ、「斉藤朱夏運営スタッフです」という方から音声が飛んできた。事務的な対応をし、身分証明書を掲示する。「本人確認ができたので、そのままお待ちください。」と言われ、画面が変わった。

  ほほう、なるほど。リミスタはここから、あと何番目と表示されるのだな、と事前に調べていたため緊張や不安はなかった。

  気を紛らわせるようにSNSを覗いたり、アニメを見たり……と精神統一をするため、ちょっとだけ離れたことをするのが私のルーティンだ。

  がしかし、流石にノープランで臨むのは狂いすぎているので、メモをし始めた。

 

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  私は、雑にメモをしておくタイプだ。正直文章で残しておくと話せないことの方が多いので、簡単に携帯にメモをしておくことにした。

  すると、お渡し会を経験済みの後輩から「時間測るのも忘れないように」とアドバイスが来た。端末が足りない。測る物がないぞ。と考えたところで、「紙に書いておけばいいのか」と。

  ササッと走り書きしたものをiPadの右下に貼り付けて、左下にはiPhoneのタイマーをいつもでも押せるようにしておき、準備完了。

  ○番目という数字で、画面に表示された待機ルームの時間のカウントが進むのを感じながら、集中します。

  一応簡単に練習はしたが、やっぱり相手がいないと気合いが入らない。……ははは。どうやら自分は、トコトンこういう練習は向いていないようだ。

  刻一刻と迫るその瞬間。近付くにつれて、心臓はバクバクと音を大きくしていく。「はは、思った以上に緊張してるみたいだ」と、乾いた笑いが出た。震える手、引き攣る笑顔……これじゃあまるで人形みたいじゃないか。

  

  そしてついにその瞬間が訪れる。画面が切り替わるタイミングで、タイマーのボタンをタップする。手には、Twitterのアイコンを印刷したA4の紙に、名前とIDを書いておいた。

  繋がった瞬間見えた斉藤朱夏さんの顔、それはもう可愛くて、溌剌としていて、目の前にあの人がいるというのは画面越しでも嬉しさしかなかった。

  初めは音声が繋がっていないのか、音が聞こえなかった。でも画面の向こう側の"キミ"は、凄く驚いたような表情をしていて、嬉しかった。

  「すごい!!」と聞こえたような気がした。だから、きちんとこの言葉からオンライントークを始めようと思った。

 

「初めまして、さらいんです!」

 

  何十も練習していない、それでも初めましての方への挨拶は、社会人として基本的なものだ。これが出来なければ社会人として失格の烙印を押されてしまうようなものだと私は思っている。だから、とにかく元気に、勢いよく声を出した。これで緊張もほぐそうと思った。

 

「さらいんじゃん!」

 

  待て待て、違う違う。そうじゃない。なんで?なんで、なんか知ってるような口ぶりなんだ???

  内心焦りつつも、とにかく時間は有限であると脳みそは理解しているので、アタフタなりそうな所を一瞬飲み込むことで、事なきを得た。

 

「はい!初めまして!」

「うわぁ!!」

「ようやくお会いできました!」

「すごい!!」

「はい!」

 

  なんだろうか、この語彙力。とりあえず朱夏さんの言っている言葉に対して反応しなくちゃ……という条件反射のようなやり取り。短い言葉であっても、私はその瞬間朱夏さんとの会話を楽しんでいた。

 

あの……朱夏さんに伝えたいことがあって……

 

  よし、切り出すぞ。と一通り会話が落ち着いたのを見計らって、当初から言おう言おうとしていた話題を振り出すと、朱夏さんは「うん」と画面の向こうの私を見ながら目線を合わせてくれた。

 

「自分、あの社会人3年目だったんですけど……」

 

  たどたどしい自分の声。低い地声は、自分が1番嫌いなはずなのに、今日だけはちょっとでもいい声を出そうと、必死に声帯を震わせる。届け、届け。

 

うん

 

  そんな私の言葉を、親身に聞いてくれる朱夏さん。なんとなく身体も前のめりに聞いてくれているような気がした。その朱夏さんの姿勢に、凄く安堵した私は、スラスラと言葉を続けた。

 

「1年目の時に、あの「セカノイハテ」っていう楽曲を、ずっと退勤時間に聴いてて」

 

  言うんだ。伝えるんだ。自分があの日、救われたことを。このタイミングで伝えられなかったら、一生後悔する。それくらいの気持ちで臨んだ。

 

「うんうん」

 

  頷きながら、相槌をしながら聞く朱夏さんは、本当に聞き上手だと、頭の片隅でぼんやりと思いながらも自分は想いを伝える。

 

「先生をやってるんですね。」

 

  初めて伝えた自分のこと。どうしても伝えたかった。自慢かよとか、だから何だ、とか色々言われるとしても、ここで伝えなかったら自分という人間を知ってもらえないような気がした。それに対して朱夏さんは満面の笑みで答えた。

 

「わぁ、すごい!」

 

  素直に、純粋に賞賛の言葉をくれる朱夏さんが眩しく見えた。たったそれだけのことなのに、その小さなことを喜んでくれることが凄く嬉しかった。だから、きちんと伝えようと思った。一呼吸置いて、ゆったりと、伝えることを意識して話を続けた。

 

「はい、で、あのやっぱり色々残業とかすごい辛いこともあって……そんな時に、帰りに聴いて「神様よりも自分を信じて」っていう歌詞と力強い歌声にすごく励まされました。本当にありがとうございました!」

 

  一息に言い切った。言い切れた。自分を信じて、という言葉には、胸元に握り拳を当てながら、言葉だけじゃなくて仕草でも伝えた。自分の「ありがとう」という感謝の気持ちを伝えることが出来た。その達成感に包まれていた。

  この時点でタイマーは、もう別の話題を触れるような状況ではなかった。恐らく残り30秒と言ったところか。さぁ、ここからどう纏めていこうか……と悩んだ瞬間、次の一言で私の身体中に衝撃が走った。

 

「ありがとう!!いつもさ、凄い素敵な感想書いてくれるじゃない」

 

  素敵な感想……?書いてくれる……?

  待て、待って。この人は、私のツイートやブログの存在を知っているのか?

  その時点で色々と脳裏を駆け巡る可能性たち。その可能性たちに飲まれる前に、反応して口からは「とんでもないです。そんな……。」と言葉が出ていた。

  「めっちゃ見てるよ、だから。はははは。」と、全てを笑いとばすような力強い笑顔と声。「見てるよ」という斉藤さんの言葉。私も思わず笑顔に変わった。先程までの緊張や強ばりは、どこかへ旅立ってしまったようだ。

 

  そして、私はこの先の言葉を一生忘れないだろう。

 

これからも言葉、綴ってください。

大好きだから、私さらいんの言葉。

 

  時が止まったような気がした。

  報われたような気がした。

  報われるために、私はブログを書いているわけでも、言葉を紡いでいるわけでもない。ただただ、その人の、その公演の、その瞬間の素晴らしさを伝えるために、「見たもの、聴いたことを、そのまま落とし込む」という精神の元、綴ってきたまでだ。

  「大好きだから、私さらいんの言葉」という倒置法とも言うべき強調した朱夏さんからの言葉に、思わず顔を抑えた。醜態を晒していたような気がした。

  でも、これで終わったらダメだと思った。思ったから、返した。私は、私なりの言葉で朱夏さんに伝えた。

 

「私も朱夏さんの言葉、大好きです!」

 

  偽りのない本心だった。朱夏さんの選ぶ言葉というのは、いつも誰かの心に勇気を与えてくれて、誰かにとってのヒーローみたいな存在だ。だからこそ、心から生まれたこの言葉を、"キミ"は受け取ってくれたような気がした。

 

「ありがとう!先生頑張ってね!!」

 

  朱夏さんから贈られたエール。その言葉を、私はしっかりと噛み締めた。噛み締めて、返事をした。

 

「はい!!ありがとうございます!!」

 

  誰かに、何かを応援された時、人はどう答えるのが正解なのか分からない。分からないけれども、私は大きな声で返事することが多い。感謝を伝えることが多い。頑張ります、という意味を込めて「ありがとうございます!」と、腹の底から声を出したような気がした。

 

「ありがとね!!またね!!!」

「はい!さようなら!!」

 

  タイマーはもう10秒を切っていた。朱夏さんも恐らくそれに気付いていたのだろう。またね!と手を振ってくれた。

  私も、その手を振った朱夏さんに返すように手を振り続けた。徐々にフェードアウトしていく画面。白く染っていく画面を見ながら、ずっと振り続けた。

 

  ようやく終わった、見えなくなった。トークは終了しました。という画面が映った。その瞬間私は……堪らず涙を流し、嗚咽を零した。

  みっともないくらい、ソファに座り込んだ。正座で、顔をソファに埋め、握った。これでもかと、ソファを握り締めた。

  

  こんなことがあっていいのか。これは夢だったんじゃないか。本当にあった出来事なのか。

  自問自答をし続けても、答えは見つからない。

 

  その鼓膜が拾った音が、

  目にした彼女の笑顔が、

  心に突き刺さった言葉が、

  残された感情が、全てを物語っていた。

  

  どんなに考えても、あの時間は戻ることはなく、でもその余韻はずっと残り続けた。震える指先で、何かに縋るような自分がいたのも確かだ。

 

  誰にでも訪れるものではない。そのチャンスを掴み取る準備はしてきたつとりだった。それでも、それでも70秒というのは、あまりにも長くて、あまりにも短かった。

  その70秒は、これまで生きてきた中で1番輝いていた70秒で、自分じゃない誰かが話していたような気がした。

 

  無駄にしなかった。悔いはない。これ以上無いくらい、自分はこの70秒に命懸けだった。

  多分……2年、アドリブでしかない現場で生き続けてきた結果が実った瞬間だった。答えのない現場で、何が答えか分からないのに、導く先を示さなければならない。それがどれだけ大変で、難しいことか、自分が1番良く分かっていたはず。

  なのに、あの場所に立っている時は必死すぎて、気付かない。気付くのは、いつも終わってからだ。

 

  この道を選んでよかった。今はそう思える。

  言葉を紡いできてよかった。心から救われた。

 

  自分の綴った言葉が好きだ。大好きだ。

  だから、これからもずっと綴っていく。

  朱夏さんに貰った分、沢山の人へ届けられるように。

 

  磨いて、磨いて、光らせていく。