ほのぼのとした田舎暮らし

ほのぼのとした田舎暮らしをしているような…そんなゆったりとした言葉を贈ります

岬なこデビューアルバム発売記念特典お渡し会 @ゲーマーズなんば店〜備忘録〜

 

 キーボードを叩く音だけが響く。早く帰らなきゃいけないはずなのに、仕事がそれを許してはくれない。辺りを見渡せば、まだ人がいるというのがこの職場の嫌な所だ。みんな、終わらないから帰らないということなのだろう。

 ふと息抜きしたくて、スマホを手に取る。もう勤務時間外だ。残業と言えば聞こえはいいが、残業代が出ないからこそ正直するだけ無駄だと、散々言われてきた。それでも、訪問を控えた今やらなければ、提出しなければならない書類があるからこそいるのだ。

「あ、そういえばゲーマーズのお渡し会の当落、出たかな……」

 1月に恋をしてからずっと追い掛けている同世代の女の子がいる。同い歳なのに、どこか私が憧れにしている女性に似ていて、凄く眩しいと感じる人だ。

 7月5日にソロアーティストデビューをする彼女は、リリースイベントなるものをやるらしい。残念ながらミニライブは外れてしまい、ショックを受けていたのだが、果たしてどうなるのか。

 サイトへ飛び、スクロールしていく。落選、落選……当選。

    思わずその文字を見た瞬間、スクロールする手を止めた。震える指で、もう一度確かめる。何度も、何度も。そして静かに職場のデスクでガッツポーズをした。叫びたくても叫べない気持ちをぶつけるように、提出書類に向き合った。その瞳は、ギラギラと輝いていた。

 

    2023年、7月2日。

    ついにこの日がやってきた。遥々大阪へと弾丸で飛び立つ時だ。なんて清々しい空なんだろうか、と窓の外を見て期待に胸を膨らませた。

    持ち物の確認。本、おっけー。名札、おっけー。洋服、おっけー。財布、おっけー。

「って小学生かよっ!」

と自分でツッコミを入れてしまうくらいには余裕はあるようだった。

    大阪は、ジメジメとした暑さを襲い、例外なく僕にも襲いかかってきた。必死に汗を拭いながら、会場まで歩くと、既にアニメイトで行われたミニライブが終わった後だった。

https://twitter.com/misakinakostaff/status/1675384723982659584?s=46

    世界最速で、岬なこさんの生歌を聞けてしまった勇者の皆さんの表情は、きっと晴れやかだったろう。

    お渡し会が始まるまでに、初めましてのおとなりさんと話すことができて、少し気が紛れた。ふと、周りがガヤガヤと騒ぎ出した。

「え、あれ、岬なこさんじゃね?」

    バッとその視線の先へと目を向ける。そこには、先程SNSに挙げていた衣装と同じものを着ていた女性の姿が。2つ結びの髪、あの後ろ姿、間違いない。

 

    岬なこさんがそこにいた。

 

    どうやら、ゲーマーズへと向かっているようだった。後をついて行ってしまえば、ストーカーに間違いられることは確実だ。ただ「え!?嘘!?」としか言えず、そこで終わった。

    可愛かった。スーツケース転がしてたな。なんか想像以上に小さいな。言いたいことは山ほどあるのに、言葉にならないや。

    はは、まぁ、いいや。この後、話すんや。

    おとなりさんの輪が有難いことに増え、一緒に会話を交わすことが出来た。なんだか不思議な気分だ。だって僕はまだ、おとなりさんになって半年くらいの人間だ。

    移住してきた新参者を、こんなにも温かく迎え入れてくれるのが、このおとなりさんたちらしい。嬉しいなぁ……。

 

    36番。

    それが僕に与えられた番号だ。番語順に整列して、身分証確認が終わると会場内へと足を踏み入れる。地下一階と呼ばれる場所だが、どう考えても物置だったであろう感が否めない。スピーカーもあるため、きちんと音響機材は揃っているようだった。なるほど、ここでやるのか。

    意外と不安も緊張も少なかった。多少はしていたが、何をする気にもなれずただぼんやりとステージを見つめていた。

 

    ついにからイベントが始まった。舞台袖からなこさんが屈んで出てきた。どうやら躓きそうになったらしい。いや、そんなことよりも……可愛い。可愛すぎる。なんだこの可愛い生き物は。

 

「天井がね低くて、転けそうになっちゃったの〜。こんくらい!」と、手で高さを表現し、笑った。可愛すぎるぞ。

「じゃあ、早速お渡し会します」となり、え?という速さ。正直びっくりした。もう少しオープニングトークがある思っていたからだ。しかもオタク公開処刑の如くお渡し会始まって、順番に壇上に上がるパターンだった。

    段々と手が震えて、息も上手く吸えなくなってきた。笑える、人の前にいつも立つ人間が聞いて呆れるほどの震えだ。

    スタッフに呼ばれて、立ち上がる。荷物をしっかりと持ってステージ袖に待機した瞬間、何故か笑えてきた。
「あぁ、私本職立ってばかりだし、このくらいいつも味わってるんだっけなぁ」と思い直せて、ふと会場後ろまで見渡した。後ろまで人、人。あぁ、そうか、ここにいる人たち全部おとなりさんなのか。

    そう思えたら、意外と話すことはすんなり纏まって、笑える自分がいた。

    もう一度おさらいだ。

 

①ソロデビューおめでとう
②同い歳
③なこ"ちゃん"って呼んでいいか
④これからも同世代応援してる

 

    この4つを軸に僕は話せばいい。

「はは、おもしれぇじゃねえか」

    独り言を呟いた。誰にも聞かれない音量だ。ここで覚悟が決まった。目の前の人の可愛さでニヤけが止まらない。

    刻一刻と迫る瞬間。そしてついに……来た。


    今回のために、きちんと名札を用意していた。

しっかりと首から提げ、手元には誕生日に贈った本を持つ。

    なこさんと目が合った瞬間、何故かなこさんが目を丸くしたような気がした。なんだその反応は……。

 

「初めまして、さらいんです!」

    ①は言えた。ちゃんと。自己紹介は、全力元気、満面の笑顔と決まっている。とびっきりの笑顔を彼女へと見せた。さて、どう返って……

 

「はー!さらいんさん!!!」

    なんだ。なんだ。え、この人は、私を知っている?え、いや、え???

    待て待て、知ってるぞ。貴方の先輩は、「さらいんじゃん!」って呼び捨てしてきたぞ。知ってる、知ってるとも。

    そうかそうか、君たちの事務所はそういうことなんだな。

 

「本、めっちゃ読みました。本当にありがとう!」

    ん????ん????本、ってこれのことか?

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 誕生日を記念して、彼女へ向けてみんなで作った世界にたったひとつだけの本だ。編集から製本の依頼まで、初めての経験をさせてもらった大切な一冊だ。まさか、本当にきちんと届いていて、かつこうして返事をくれるとは思いもせず、不意打ちに泣きそうになった。

 しかし、ここで泣いてしまえば折角の機会が台無しになってしまう。だからこそ、無理にでも笑った。笑わなきゃいけないやつだ。

 

「ソロアーティストデビュー、おめでとうございます」

 これは言おうと決めていたこと。7月5日、彼女は大きく羽ばたく。その旅立ちを直接伝える機会は、今日くらいしかないと思っていたからこそ、素直に言葉が生まれた。

 

「あの、私、なこさんと同い歳で……なこ……"ちゃん"って呼んでもいいですか?」

 

 言葉を続ける。私がなこさんに惹かれるひとつは、同い年で輝いているという点だ。1月に行われたラブライブ!シリーズのオールナイトニッポンGOLD新春ありがとう文化祭」で発した「兎年の人」という言葉。あまりにも衝撃すぎて、それ以降ぐるぐると頭を回っていたくらいだ。

 そんな岬さんを知るたびに、その立ち振る舞いや生き方にとてもシンパシーを感じていた。同級生のようで、どこか近くに感じる存在。切磋琢磨しているようで、凄く心が熱くなったことを今も覚えている。

 ”さん”づけが基本的には心がけていることだ。伊波さん、斉藤さん、逢田さん、と先輩にあたる方々を応援してきたからだ。そんな中で、初めて同い年を女性を応援するわけだ。ちょっとくらいそういう気持ちで応援してみてもいいじゃないか……と、思い切って聞いてみた。

 

「好きに呼んでよ!呼び捨てでもいいよ!」

   はー、可愛い。好きに呼んでよってずるいな。よ、呼び捨てはちょっとどころか、かなり驚きましたが。いや、確かに同い歳だけれども、そうだとしても彼女を呼び捨てなんて、出来ない。

 

「いや、それは……あの、これからも同い歳として応援してます!」

    断りを入れて(断るな)、④も無事に伝えることが出来た。これで大丈夫だ。言い残すことも、後悔も1片たりともない。もういい、伝えられた。同い歳として応援できることが、こんなにも幸せなことだなんてこの時まで気付けなかった。

 

「ありがとう!」

    ここで「ありがとうございます」とスタッフから声が掛かる。あと一言、いやまだ行ける。捨て台詞かのように言葉を投げた。想いを込めた、一言を。

 

「渋谷も行きます!」

    2日後に行われるタワーレコード渋谷のイベントにも当選はしている。だから、また会えるっていうことが、次があるというのはこんなにも力をくれるのだろうか。タワレコでまた逢えるんだよな、この人と。

 

「じゃあ、また会おうね〜!」

「また会おうね」その一言を噛み締める。彼女の瞳はとても澄んでいて、透明ってきっとこういうことを言うのだろう。

    ビー玉のように綺麗で、思わず吸い込まれる。あぁ、これって恋なのだろうか。

 

「ありがとうございました!!」

    深々とお辞儀しか出来ない。どのタイミングで特典のブロマイドを受け取ったのかすら分からない。分からないのだが、手は震えている。えぇ、震えている。

 

    ゆっくりと足で地を踏み締めその場を後にする。泣くわけでも、固まるわけでもなく、飄々とした表情で会場を出た。黒カーテンの向こう側へ行き、地上までの階段を歩いていると、何故か階段を登る足取りが思い。

    何だろう、と足元を見れば、ガクガクと膝が笑っている。どうした、お前、そんなに膝が弱かったか、と手で叩こうとすると、今度は手が上手く動かない。

 

    ブロマイドを持つ手が震えている。

 

    流石にここまで来て、それはないだろうと、マスクの下で自嘲する。どうしたお前、人前に立つのに慣れているはずであろう。

    階段を登り、視界が明るくなる。おとなりさんたちがいる。1人が、声を発した。

「亡霊みたいな顔してる」

     はは、そうだろう。そうだろう。可愛すぎたんだ。やり切ったんだ。

  おとなりさんになって、まだ半年も経っていないのだが、なこちゃんには頭が上がらない。人生初フラスタを出したこと、本の編集をしたこと。なこちゃんがいなければ出来なかったことだ。

 

    可愛かった。かっこよかった。綺麗だった。美しかった。何と表現したらいいのか分からない。分からないけれど、あの日確かに僕はなこちゃんと話した。

    夢じゃない。夢じゃないんだ。現実だ。現実なんだ。信じられないくらい、大切な想いと思い出を届けてくれた。

 

    だから、今度は恩返しをさせてほしい。

    ちっぽけなおとなりさんから、貴方へこれから少しずつ。

 

    これは、とある1日。

    同い歳の女の子と、お話した夢のようで現実のお話。 1人の女の子が、1人の女の子と出会い、共に駆け抜けていく。

    丁寧に、丁寧に。

    これからも想いを紡いで行きます。